11月8日(ブルームバーグ):10代の息子2人の母である小柄なカルパナ・ソナさん(40)は、インド・ムンバイ郊外の高層アパートの自宅で、夜中に手足がチクチクと痛み、眠れなくなった時のことを険しい表情で振り返る。
ソナさんはマタリ村の泥壁の小屋からムンバイのカフ・パレード地区のスラム街に移り住んだ後、6年前に4部屋を備えたこのアパートに晴れて入居。昨年10月、高血圧とめまいの症状を訴え、病院を訪れた。その後、足に痛みやしびれが出始めると、医者から病名が告げられた。子ども時代の飢えと貧困から脱し、急拡大する中産階級の一員になった後、ソナさんは、長期にわたる運動不足や過食と結び付けられることが多い糖尿病にかかっていたのだ。
「糖尿病とか、体重増加など、わたしには縁がないはずだった。しかし現に病気にかかってしまい、治る見込みもない」とソナさん。ピンクと白のサリーを着たソナさんは腹が少し出ているものの、体重は55キロと、身長1メートル50センチの体からすれば普通だ。
ソナさんは糖尿病と聞いて、あとどのくらい生きられるだろうか、主婦である自分の代わりに家族の面倒を誰が見るのだろうか、ソーダやコンピューターゲームが大好きな息子たちも将来糖尿病にかかるのだろうかなど、さまざまな疑問が頭の中を駆け巡ったという。60歳の兄と、50、55歳の2人の姉も糖尿病だった。
ソナさんは息子たちのためにテレビを備え付けたリビングで、「こうした多くの疑問で頭がいっぱいになった」と告白し、不安げにこう問い掛けてきた。「もしもわたしに何かがあったら、家族のみんなはどうなるでしょう」。
糖尿病大国
インドの糖尿病患者は5000万人を超えており、国際糖尿病連合(IDF)は2009年10月に、インドを世界で糖尿病患者が最も多い国とした。世界で200余りの団体を統括するIDFは、今年のインドの糖尿病による死亡者数が世界で最悪の約100万人に達すると推定している。
インドの成人の糖尿病罹患(りかん)率は7.1%と、同7.2%の豪州など先進国に近い水準にあり、英国の4.9%を大きく上回っている。成人の3分の2以上が太り過ぎないし肥満の米国は12.3%。
医者によると、インドでは皮肉なことに生活水準向上があだとなり、糖尿病および心臓病などの合併症にかかりやすくなっている。10年間で平均7%の経済成長が4億人の国民を中産階級に押し上げたものの、何世代にもわたって貧困や栄養不良、肉体労働に耐えてきた体は高カロリー食への抵抗力がなく、運動の時間を奪う車やテレビ、パソコンなどの誘惑にも屈することとなった。
研究者らの調査によると、こうしたインド特有のパターンは、誕生前から始まっている。栄養不足の母親から生まれた子どもの体は小さく代謝作用も低栄養に適応しているため、栄養過多に対応できないという。
都市部で急増
全インド医科大学のニキル・タンドン教授(内分泌学)は「この国の糖尿病の傾向は非常に恐ろしい」と語った。
同教授(46)が大学を卒業した80年代半ばには、インド都市部の成人の2型糖尿病罹患率は3-4%だったが、「現在は11ないし12%だ」と述べ、「南部には、18-19%に達する地域がある。こうなるとは誰も思わなかった。極めて高水準になっている」と付け加えた。
2型糖尿病とは、インスリンが血液中のブドウ糖を調整できなくなるもので、世界の糖尿病患者の約90%がこの型だ。ソナさんも2型だった。一方、インスリン依存型糖尿病や小児糖尿病とも呼ばれる1型糖尿病は、体がインスリンを十分に産生できなくなる自己免疫疾患。
平均発症年齢は42.5歳
フォルティス・ヘルスケアのニューデリーの病院部門で糖尿病・代謝性疾患の責任者を務めるアヌープ・ミスラ氏によると、インドの糖尿病患者の平均発症年齢は42.5歳と、欧州に比べて約10年早い。親としても稼ぎ手としても最も重要な時期に発症するのだ。英週刊誌エコノミストの調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)は07年の調査で、インドの糖尿病関連コストは対国内総生産(GDP)比で2.1%に上ると指摘した。米国の同コストは1.2%、英国は0.4%だった。
糖尿病とその合併症は、インドが好景気に沸き返るさなかに襲いかかっている。世界で2番目に人口の多いインドは、この10年間のほとんどで中国に次ぐ急成長を遂げた。しかしいま、この病気が成長を脅かしている。IDFは昨年時点で、中国の今年の糖尿病患者を4320万人と推定したが、今年3月の調査では9240万人とした。インドも、10年ぶりの全国調査が報告される来年には、患者数が急増する可能性がある。
世界が注目する経済成長を背景に、数百万人のインド国民が貧困を脱し、快適な生活を手に入れた。ソナさんは現在の自宅について、「以前と比べて住みやすい。水道があるし、子どもにとって良い」と語った。
しかし、生活改善と引き換えにこの病気がインドを襲ったのだ。予想よりも早く、多くの人が糖尿病にかかったが、その影響も当初の見通しよりもずっと深刻なものとなっている。
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