◆特集WORLD・女だけの話題: 猪口邦子大臣を囲んで
人口減少社会の到来が確実となったこの国。遅ればせながら、やっと専任で少子化・男女共同参画担当の猪口邦子大臣も誕生した。そこで大臣のお部屋に3人の女性記者がお訪ねし、「女だけ」で語り合った。
●第三の軸
本橋由紀 少子化対策をしてきたのに人口は減っています。
猪口 時代ごとに政府の優先課題がありました。最初の軸は外交安全保障の面で確実な平和の追求です。第二に日本は無資源国ですから経済的な競争力の確保、強化。73~74年と79年の2度の石油危機、日本が円高に転じた85年の三つの試練を乗り切った時、国際的に不動の経済大国としての地位を得ました。バブルのころの対応はもう少し工夫があっても良かったと思いますが、はじけて90年代の不況のトンネルになった。
そこで小泉構造改革によって、競争力を取り戻した瞬間に専任大臣を置きました。ですから小泉さんの最後の組閣にこの大臣職が誕生したのは偶然ではない。就任式の青いドレスのことをおっしゃいますけど、あれは出口が見えたトンネルの果ての青空なんです。
五十嵐英美 そうだったんですか。ブルースカイ。
猪口 そうです。心象風景はトンネルの果ての青空。不況は逆転できた。人が経済に、国が競争に勝つのは社会政策を拡充するためです。これが第三の軸。やや手前みそですが、構造改革で余力が搾り出され、配当が可能になった瞬間に設置された大臣職ですから、少子化、男女共同参画、その他、私が担当する分野で余すところなく受け止めたい。ここで止まっちゃダメですよ! 目的は第三の軸にある。少子化対策を男女共同参画を通じて実現する。産めよ増やせよの復古調ではありえません。
五十嵐 それはありがたい。
猪口 結婚、出産は民主主義における個人の選択です。曲解誤解する向きには、改めて民主主義に対する理解をお願いしたい。
●認識の構造改革
猪口 国は経済的に苦しい若い子育て世代に十分に寄り添ってきませんでした。社会保障給付の規模は84兆円ですが7割が高齢者、児童家庭分野は3・8%です。少子化の根本原因に、子どもの安全確保が難しいという不安感がある。スクールバスをドアツードアで全国約2万校の小学校に導入し、小学生の3割が利用した場合を試算したところ、4000億円以内でできる。案外効率がいい。社会給付の偏りを是正し、少子化対策全体の予算規模を拡大したい。今は1兆3000億円なんだから。ね、いかに控えめか。
太田阿利佐 自民党の古い体質の方が、子どもは母親の責任で育てるべきだと後回しにしたからでは。第三の軸が生まれても、この大臣室以外で認識の構造改革が進んでいるかというと疑わしい。
猪口 認識の構造改革はすさまじいスピードで進んでいます。
本橋 そうですか? 例えば、世間では「送り迎えを母親がやるのは当然」とおっしゃる。
猪口 まさに送り迎えのためになんとお母様が仕事をやめています。それはスクールバスで対応すべきです。私は大臣とブロックごとの自治体トップとの会合で痛烈な現場の声を聞きました。
本橋 やめるのは母親ばかり。男はやめない社会です。
猪口 男性の育休(ことば参照)取得率は0・5~0・6%。女性だって7割が出産退職している。そして子どもの安全のために再び女性がやめている。男女共に自分の子どもを守ることを徹底してほしいです。
本橋 私も2人の子育てをしていますが、大臣は双子の娘さんを前後にしょって仕事をしたとか。
猪口 私の配偶者はたいへんな男女共同参画夫です。男性もいろんな能力が必要です。食事も作れないと。彼は料理が上手です。
太田 我が家ではあったんですが、お子さんが病気のとき、どっちが仕事に行くかで、枕元でけんかをしたことはありませんか。
猪口 かわいそうに。けんかの理由は男性が子どもの熱発のために休むのは奇異だという職場だったのでしょう。認識の構造改革を一気に仕掛けないと。世直し運動ですよ。男女共に子どもに責任を持とうとする世代を温かく受け止めない企業は戦いに勝てません。そういう職場の管理者はそもそも基本的な認識の構造改革をしていただきたい。
太田 でもそれは利益や売り上げのような数字には表れない。
猪口 最終的には結びつくと確信します。かつて環境対策にお金をかけていたら競争に勝てないと議論されていました。
五十嵐 アメリカでは今もそうでは?
猪口 そうでない企業がアメリカでも勝っています。従業員が仕事と家庭を両立できる職場環境を作ることです。人間社会の先駆的かつ不可欠な価値を内蔵し、それを含めたコスト競争に勝てる企業が生き延びる。ビジネスの経営者にはこのダイナミクスを理解していただきたい。経営者の認識を改善するため「子育て支援に関する官民トップ懇談会」が始まっています。物理的には政策で対応しても、認識を構造改革しないと冷たい雰囲気は変わらないから。
五十嵐 やっぱり事情がおわかりだから、今までのような男性の大臣とは違う。
猪口 男性にわからないはずはありません。今までは専任でなかっただけ。職務の重大さがわかり、歩く大臣ならわかります。女性だからというのは先入観。それに国家運営の順序がありました。
本橋 順序の点ですが、94年には危機感があったからエンゼルプラン(ことば参照)を作ったのでは?
猪口 これは流れを変える効果はなかったと言えるかもしれません。分析も不十分でした。最近、専業主婦の苦しみがわかってきた。母親が育てるのは当然という認識のもとに苦難苦労が受け止められていなかったんです。
◇子どもの目線で考えたい
●ここ5年が大事
本橋 ところで、大臣は外交の専門家です。今の小泉外交についてはどのように。
猪口 エヘヘヘ……。えー。
太田 私たちも猪口さんが専門を生かされると期待したんです。
猪口 男女共同参画会議の有識者議員を長く務めましたから、これは私の専門です。何百人もの女子学生を育て、私のもとで誕生した女性の助教授は10人を超える。もうひとつ認識を深めていただきたいのは、平和は民主主義が徹底して、正義ある社会、社会政策の充実した人間社会を築くことからしか生まれません。
私は軍縮大使として世界の子どもたち、あるいは女性の被害を未然に防ぐために軍縮全般の仕事をしたときに非常に働きがいがありましたが、今、自分の国の女性や子どものために働くことに深い喜びを感じます。今日、閣僚として扱っている、困っている方の地平を変える仕事は紛れもなく平和の本質です。
五十嵐 世直しにつながると。
猪口 世直しは市民全体と連携を組んで国民運動にしなきゃだめなんですよ。認識の構造改革というのはそういうこと。
五十嵐 以前、森喜朗前首相が子どもを産まない女には年金を払わなくていいというような発言をしましたね。私は子どもがいませんが、ショックでした。とにかく産めといわれているみたいです。
猪口 ですから専任大臣がある中でご議論いただきたい。日々、このことに集中し、努力している大臣のこの説明をもって政府の説明にしていただきたいんです。
4人 ワハハハ。
猪口 仕事と家庭の両立が現実的な選択になる社会を作るのです。自分の受けた教育を、自分自身で生かす女性や男性がいるのは完全に自由で、その人生も輝くようにと願います。それにより続く世代は本当の意味での選択を持つ。その時、少子化の流れが変わると楽観します。子どもの数や数値目標という発想ではなく、民主主義の深いところの充実を目指す大臣だとわかっていただきたい。続く世代は10歳上の世代を見て人生を選択します。71~74年生まれの第2次ベビーブーマーが出生力が高いここ5年が大事。時間がないんです。
太田 生き方のモデルは?
猪口 自分を導いているのは、すべて子どもの目線から考える義理の母です。育休は子どものために取る。取れない時は保育園もある。この多様性があることが重要です。上司の理解がないために3カ月以上の育休が取れない職場は子どもの目線から考えると残念です。子どもを最優先にした少子化対策、両立支援なんです。
太田 20年前くらいにキャンパスでお見かけした時、狭い通路を転がるように走ってらっしゃいましたが、今も全然お変わりない。その仕事に対する積極性、バイタリティーはどこから来るのですか?
猪口 それは機会を得なかった女性を見ているからです。私の同級生で今も職業を維持しているのは私だけ。教員として教え始めた初期の女子学生は全員やめています。実に何百人、何千人の女性の無念を認識しているから私には一分も無駄にできないんですよ。
本橋 朝5時から体を鍛えていらっしゃると。
猪口 最近は6時から。それだけにちょっとフィットネスが悪くなっているんですが(笑い)。
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■ことば
◇男性の育児休業
92年に施行された育児休業法では男女の別なく育児休業が取れるが、男性の取得が進まず、04年の少子化社会対策大綱で男性取得率の目標値を10%に定めている。
◇エンゼルプラン
94年12月、当時の文部・厚生・労働・建設の4大臣で合意した「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」の通称。
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